製造業サプライチェーンの変革に挑むキャディ株式会社。2024年1月より、同社の図面データ活用クラウド「CADDi DRAWER」の開発・運用を担うDRAWER事業本部のVP of Engineering(VPoE)として、元Sansan株式会社 CTOの藤倉成太さんが就任しました。
「CADDi DRAWER」は2022年6月にローンチし、2023年からアメリカを含む各国へのグローバル展開を開始して急成長しています。それに伴いプロダクト開発組織も少数精鋭のチームから数十名規模の組織へと拡大し、スケールさせるための体制構築や仕組み化が重要なフェーズに移行しているのです。
今回はキャディ CTOの小橋昭文さん(写真右)と藤倉さん(写真左)にインタビュー。藤倉さんがキャディへ転職した経緯や「CADDi DRAWER」における過去の意思決定、今後のビジョンなどを聞きました。
――まずは、藤倉さんの転職の経緯について教えてください。
藤倉:転職しようかと考えるきっかけになったのは、自分の年齢ですね。2023年に私は47歳になりました。そして、そのとき初めて50歳以降のキャリアを想像したんです。かつて私は「50歳くらいでリタイアしてもいいかな」と思っていました。でも、いざ50歳に近づくと、リタイアするにはまだまだ元気過ぎました。そこで、60歳くらいまでキャリアを延長してみようと考えたんです。
これまで私は、新卒で入ったオージス総研で約10年間、その後Sansanで約15年間働きました。仮にあと10年と少し働くならば、もう1社で新しい挑戦ができる余地がある。Sansanでやるべきことはたくさんありましたが「一度しかない私の人生なので、挑戦させてください」と伝えて、会社を移ることにしました。
――転職先としてさまざまな選択肢があるなか、なぜキャディを選ばれたのですか?
藤倉:私は日本CTO協会の理事を務めており、そのつながりでキャディの存在は知っていました。数年前からすごいスピードで事業が成長していたり、2023年には大型の資金調達を行ったりと、勢いのある企業だという印象を持っていたんですね。
幼少期から、私は機械工作や電子工作といったことが好きでした。大学時代には精密機械工学科に所属しており、ハードウェアのエンジニアになりたいと思っていた時期もありました。心のどこかに「製造業って格好良いな」という気持ちがあったんです。
それから、前々職時代に社会人大学院に通って、経営学についても学びました。オペレーションズリサーチやサプライチェーン最適化など、キャディの事業とも関連するような授業をたくさん受けました。自分が興味を抱いている領域と、キャディが取り組む事業とで重なる部分が多かったわけです。加えて、キャディがグローバルにビジネスを展開していること、キャディ創業者の加藤勇志郎さんと小橋さんがずば抜けて優秀な人たちであることから、この会社で働きたいと思いました。
小橋:私たちが製造業で働く人々にサービスを提供するなかで、「この課題を解決することのニーズが高い」と気づいたポイントがいくつかあります。その解決策を、BtoB SaaSとして提供し始めたのが「CADDi DRAWER」でした。
全社的に、このプロダクトの成長のためにかなりのエネルギーを注いでおり、プロダクト組織も急拡大しています。そして、海外展開も最初から視野に入れていました。高難度の組織作りやシステム設計が求められるフェーズであり、開発組織を統括した経験のある人に助けてほしいという思いがあったため、藤倉さんの参画は本当にありがたかったですね。
藤倉:会社によって事業や組織、システムのあり方は全く違うので、私は「こうすれば絶対にうまくいく」という答えを持っているわけではありません。キャディという環境において、私が新しく習得しなければならないことは山ほどあると思います。でも、これまでのキャリアのなかで、いろいろな施策を行って成功も失敗もたくさん経験しているので、それらの学びを踏まえつつ、キャディに合ったやり方を試していきたいです。
――ここからは、過去に取り組んだ技術的・組織的意思決定の事例について話していただきたいです。
小橋:「CADDi DRAWER」に価値があるかどうかを検証しているフェーズでは、少数精鋭のチームで開発を進めていました。モノリスなアーキテクチャで、かつハイコンテクストなコミュニケーションをとって機動性高くやっていたんです。「CADDi DRAWER」のニーズが高いとわかってから、組織やアーキテクチャを大幅に変化させる決断をしました。
プロダクト組織の人員を大幅に増やして、アーキテクチャも多人数での開発を前提とした設計に変えたんです。さらに、「CADDi DRAWER」の立ち上げからわずか1年くらいで、中小企業に加えて大企業のお客さまにもご導入いただけるようになりました。
「組織やアーキテクチャを変更する」と一口に言っても、実現する難易度はかなり高いです。人員を急激に増やすと組織の文化を維持していくのが大変ですし、もともとモノリスだったアーキテクチャを分解するためにもコストがかかります。急速に大きな変更をすると、“成長痛”が生じて組織としてもさまざまな問題が発生しますが、それをやりきることを選びました。
――事業や組織を拡大させるうえで、どのような点に注意しなければならないでしょうか?
小橋:「CADDi DRAWER」では設計図面という、製造業において機密性の高い情報を扱っています。ソフトウェアの事業にとってソースコードが命であるように、製造業においても設計図面は命なんですよ。このデータが流出すれば、他社にプロダクトを模倣されてしまう可能性があります。
セキュリティの重要性が高いため、キャディではDRAWER事業部の所属従業員数が10人規模だった頃から、ISO27001認証を取得して運用しています。組織を拡大してチームが増えていっても、セキュリティを大切にする文化を引き継いでいくのが、マネジメントにおいて重要です。
そして、エンタープライズも含む多くの企業と向き合っていると、顧客のさまざまな要望が寄せられます。それらにすべて対応していると、プロダクトのコアな価値を伸ばすための開発に時間を使えなくなってしまうんです。だからこそ、自分たちのプロダクトが持つ価値の源泉がどこにあるかを、「CADDi DRAWER」に携わるすべての人たちが常に考え、理解して動くような組織にしていく必要があります。
さらに、技術的な話もすると「CADDi DRAWER」では画像解析や機械学習といった技術を用いて設計図面を解析し、企業がこれまで培った知見・知財が詰まった大量の図面をまとめてデータ化して、将来の取引につなげるための機能を提供しています。
たとえば、新規の顧客が「CADDi DRAWER」を利用し始める際には、過去10年とか20年分のデータが一気に投入されるんですよ。突発的なスパイクに耐えられるように、システムのスケーラビリティを向上させられるアーキテクチャを構築することも求められます。
そうしたインフラのスケーラビリティもそうですし、データ化のための機能の開発速度も向上させなければならない。もともとは解析技術の開発と解析基盤の開発を同じメンバーが担っていたのですが、これをチームに分けて、それぞれのチームの責任分界点をどうするかなどを現在進行形で整理している最中です。
――こうした一連の組織変更・アーキテクチャ変更の取り組みを踏まえて、読者の方々へのアドバイスはありますか?
小橋:「プロダクトの価値の源泉がどこにあるか」を追求して、その価値を最大化できるような組織・アーキテクチャにしていくことが重要です。「CADDi DRAWER」の場合は、企業の持つ大量の図面を高速かつ正確にデータ化することを重視したため、それを実現する方法としてこれらの施策を講じてきました。
私たちは過去に「解析技術の向上のために多額の投資をする」と決めたのですが、この事例においても同じことが言えます。「CADDi DRAWER」では、顧客が保管する設計図面を高精度にデータ化する機能を提供しています。これを実現するには、製造業というドメインの専門知識を理解したうえで、図面を読み取らなければなりません。
どういうことかというと、たとえばドアに使われる金具の図面があるとします。これをデータ化するにあたって「設計図面から、金具の素材や寸法、形状などを読み取れればそれで十分なのではないか」と思われるかもしれませんが、それでは不十分です。
ステンレスのなかにもさまざまな種類があるため、何のステンレスなのかを把握することが必要です。金具の厚さの情報も要りますし、表面にどのような加工が施されているかも考えなければなりません。そういった情報が、設計図面には表現されているんです。さらに、会社ごとに設計図面の書き方の癖も違いますし、「この部分は前回の発注と同じだから」などの理由で、設計図面への情報の記載が簡略化されているケースもあります。こうした前提があるため、設計図面の内容を読み解くというのは極めてハイコンテクストな作業なんです。
かつてはコンピュータービジョンのような伝統的な画像処理技術でデータ化を頑張っていたものの、なかなか改善できませんでした。そこで、私たちは機械学習や画像解析、データ分析、データ基盤への投資を大幅に強化し、ドメイン知識を深く理解した解析技術を獲得することを決めました。
プロダクトの価値の源泉がどこにあるのかを見極めたうえで、その領域へと集中的に投資することが重要です。逆に言えば、プロダクトのコアに寄与しないアーキテクチャ変更や技術投資は、ただのオーバーエンジニアリングになってしまうと思います。
藤倉:プロダクトの価値の源泉がどこにあるかを見極めるのって、すごく難しいことなんですよね。価値を発見するという作業そのものの難易度が高いですし、価値の内容も事業の進捗とともに変わっていくものだからです。
よくソフトウェア開発では、「技術的負債とどう向き合うか」が重要なテーマとして語られます。システムに技術的負債が生じるのを避けられないのには理由があって、それは事業が成長するからなんです。事業が変わらないならば、同じアーキテクチャのまま同じメンバーでずっと同じようなスタイルで開発していけばいい。でも、実際には事業が成長していくので、確実に旧来のままのアーキテクチャや組織では通用しなくなるんです。
だからこそ、プロダクトの価値の源泉そのものもだんだん変わっていくという前提のもと、アーキテクチャや組織などを状況に応じて変更可能な状態にしておくことが、プロダクト開発において重要なのだと考えています。
――藤倉さんはDRAWER事業本部で、どのような挑戦をしていきたいですか?
藤倉:DRAWER事業本部は、尋常ではないほどのスピードで開発組織を増員しています。PoC開発をして「このプロダクトには価値がある」と判断し、エンジニアを一気に投入するというストーリー自体はよくあるじゃないですか。ここでは、こうした活動が極めて短時間かつ極めて大量に行われているんですよ。前職を含めても、これだけ急成長している組織は見たことがありません。
組織が成長していくと、さまざまな課題が生じます。私がこれまで培ってきたSaaSの開発組織のメソドロジーをうまく適用しつつ、それに加えてDRAWER事業本部ならではの新しいやり方も試して、より良い開発組織にしていきたいです。
今後は事業として「ここでアクセルを踏まなければならない」という場面がいくつも発生すると思います。そのときに、開発組織の力で事業を加速させられる状態を実現するには、メンバーたちが生産性高く前向きに働けていて、かつエンジニアとしてのアクティビティが定量的な数字としても表現されているような状態を目指さなければなりません。
――藤倉さんはSansanでCTOを経験し、開発組織についての知識をかなり体得されています。そんな藤倉さんでも、DRAWER事業本部での仕事はチャレンジングだと感じますか?
藤倉:感じますね。むしろ、これまで身に付けたスキルだけでは通用しない場面のほうが多いと思います。過去の貯金だけでは到底やっていけないので、新しいスキルを体得し続けなければなりません。
製造業特有のビジネスの考え方や商慣習などもそうですし、キャディは社内に英語話者が多く海外にも拠点があるので、どうすれば開発組織のコミュニケーションを円滑に行えるかなども考える必要があります。試行錯誤しながら、こういったテーマについて検討していきたいです。
――お二人は、キャディの事業をどのように成長させたいですか?
小橋:製造業はステークホルダーがものすごく多い産業です。経営者や現場の監督、現場で作業に携わる人、設計者、各種の交渉に携わる人。外部から素材を仕入れる調達という仕事もあります。扱う金額が大きいので、融資に携わる人たちもいます。また、多くの会社がグローバルで事業を展開しています。
極めて多種多様なステークホルダーがいて初めて成り立つ産業であるという前提のもと、私たちは産業全体のさまざまな箇所で作り上げられるデータを活用し、レバレッジさせて、将来に活かすことに取り組みたいと思っています。サプライチェーン全体のデータ活用をグローバル規模で実現したいです。
藤倉:直近の数十年くらいの間で、いくらかはソフトウェアの力で製造業の業務を改善できたと思います。けれど、私たちキャディが取り組もうとしているのは、既存のソフトウェアサービスとは全く違う切り口での業務改善です。これをきちんと実現できれば、もしかしたら将来的には製造業の構造そのものを変えることにつながるのではないかと思っています。すごく意義のある挑戦ですね。
――最後に伺いたいのですが、「what we use」で掲載するインタビューやコラムは「技術的・組織的な意思決定」をテーマにしています。書籍やWeb記事などを通じて、エンジニアが先人たちの事例を学ぶことには、どのような意義があると思われますか?
小橋:今回のインタビューのなかでドメインとテクノロジーの両方のエピソードが登場しましたが、どちらも専門性が非常に深い領域です。私たちがたくさんの意思決定をしていくためには、「世の中で何が起きているか」という動向を常に把握しておかなければなりません。
たとえば私の場合は、ドメイン知識として製造技術・生産技術の進化といったことについて、製造業関係のWebメディアや新聞などを読んで把握しています。テクノロジーの最新の動向などについても、Webメディアを通じて追っています。そうした、ドメインとテクノロジーの動きを対局的に追うことで、自分たちの意思決定の材料にできるのが大きいと思います。
藤倉:エンジニアリングの世界では、クラウドプラットフォームが出てきたことで、物理サーバーをラッキングするとか、ネットワークのケーブリングをする技術を発揮する機会はほとんどなくなりました。テクノロジーが進歩していくと、エンジニアが「技術のことだけ」を考える時間はどんどん少なくなり、代わりにシステムを通じて「どんな意図でどんな方針を選んで、どんな価値を出すか」を考えて設計・実装する時間が増えるんですよね。
技術の専門書を読んで技術のことをインプットするのも、もちろん素晴らしいことですし楽しい作業です。それに加えて、「他の人たちがどんな判断のもと何をしてきたのか」を学び、違った切り口でも情報をインプットする姿勢は大事ですし、私もそうしています。それが、先人たちの事例を学ぶことの意義につながると思います。
取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子
提供:株式会社Haul
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